「考え込むと動けないから、走りながら考えたほうがいい」そう話すのは、「合同会社いちえみ」代表の中村民枝さんです。税理士事務所で12年勤めたのち、お子さんの「小1の壁」をきっかけに独立。顧客に伴走するスタイルで信頼を築いてきました。さらに、現在は2社目を立ち上げ、障がい者就労支援の事業に着手しています。子育てしながら新しい挑戦を続ける中村さんに、働き方やその原動力についてお聞きしました。数字の先にある「顧客のストーリー」を見る「いちえみ」は、会計ソフトの記帳代行や経理代行をメインに、多様な業種の中小企業をサポートしています。個人事業主から法人成りしたばかりの会社や歴史の長い老舗まで、企業の規模もさまざま。中村さんは、日々の記帳だけでなく、お客様とのコミュニケーションを大事にしているといいます。中村さん:記帳だけのサポートではなく、入力した結果をお客様に報告するところまでがセットです。売上や経費などを記帳して1か月分の数字を出し、黒字なのか赤字なのかをお客様にお伝えしています。経営改善に使ってもらうため、意味のある会計にしたいんです。こうした丁寧なサポートは、毎月の顧客面談にも表れています。中村さんが大切にしているのは、数字の報告よりも、むしろ「聞くこと」だといいます。中村さん:お客様が「新事業に力をいれたい。経費を抑えたい」といった話を私に相談してくれるんです。その後、経営の改善に取り組んでもらいながら、私たちが売上や経費の数字を集計します。すると、お客様の努力の成果が数字として表れて「すごい!」と思うことがあるんです。数字の向こうに、経営者の思いが重なる瞬間です。会社が好調なのか、大変なのか、お客様が今どんなことを考えているのか。数字を通して会社の様子がわかることが、この仕事のおもしろさだと中村さんはいいます。中村さん:この仕事は、レシートの数字をただ入力するだけではありません。数字の先にある、会社のストーリーを想像することが大事。だからこそスタッフにも、顧客企業のホームページや商品だけでなく、会社で働く人たちのことまで共有しています。それらの情報を持っているかどうかで、仕事のおもしろさが全然違うんです。お客様のことを知り、伴走する「いちえみ」のスタイルは、中村さんが起業を志すきっかけとつながっていました。お客様を柔軟にサポートするために起業、「小1の壁」で独立を決意中村さんは起業する前、税理士事務所に12年ほど勤めていました。仕事は楽しいものの、職員という立場ではできないことがあり、もどかしさを感じていたといいます。中村さん:税理士事務所では、お客様が出してくれた請求書やレシートなどを見て記帳していました。そのため、書類を出せない場合はどうしようもない……とサポートできる範囲が限られていたんです。でも私は、忙しいお客様のために書類集めから手伝うほうがいいんじゃないかと思っていました。顧客が助けてほしいと思っている作業は、会計処理の手前にある。そのもどかしさを形にしたのが、書類集めからサポートする今のスタイルでした。中村さん:必要な書類が見つからないときは、事務所や店舗へ行き一緒に探すこともあるんです。ほかにも、「クレジットカード明細のダウンロードが大変」というお客様には、私たちがダウンロードして書類をそろえることもあります。もちろん、許可を得て。「いちえみ」を立ち上げてからは、「そこまでやってくれるの!?」と周囲に驚かれることも多いといいます。お客様を柔軟にサポートしたいという気持ちのほかにも、中村さんの独立を後押ししたのが小学校入学でぶつかる「小1の壁」でした。中村さん:税理士事務所は、出社だけでなく在宅勤務もできる働きやすい環境でした。でも、保育園では朝7時半に子どもを預けられますが、小学校はもっと遅い時間になります。長女がひとりで登校できるかどうかも心配で。子育てしながら自分のペースで働きたいと思ったんです。その思いから、お子さんが1年生になる前に会社を設立。社名は、ふたりの娘さんの名前から2文字ずつもらって「いちえみ」にしたといいます。中村さん:子どもの名前がついているから悪く言われないように頑張ろう、と前向きになれるんです。覚悟を持って踏み出した中村さんですが、起業直後は想像以上の忙しさに、目の回るような日々を送ることになります。 がむしゃら期を支えた、手探りの組織づくり前職の税理士事務所からの紹介などもあり、起業当初からある程度の仕事の依頼があったと中村さんは振り返ります。ひとりでは対応できない業務量になり、一緒に働いてくれる人を探す毎日だったそうです。中村さん:沖縄で記帳代行と名乗る人には、全員連絡したんじゃないかっていうくらい必死で探しました。Instagramで声をかけたり、求人サイトで実際に依頼したり、いろいろ試しましたがミスマッチが多かったんです。その経験から、中村さんは採用方針を見直します。前職のつながりや、人づてに紹介してもらった方に業務委託で仕事を依頼し、のちに正社員として雇用するスタイルへ切り替えました。中村さん:正社員として迎えて、しっかり教育して責任を持って仕事をしてもらう。会計・経理が未経験のスタッフもいましたが、今では私の意図をくみ取って仕事をしてくれるスタッフが増えて助かっています。現在は正社員が6名、パートスタッフを含めると10名の規模に成長。顧客の会社を間借りするところからはじまり、その後、宜野湾の事務所を経て現在の浦添へと移転しました。中村さん:スタッフのなかには、子育てや介護をしながら在宅で働いている方もいます。ひとり親家庭など事情があるスタッフもいるので、採用時には必ず「協力体制でお願いします」と伝えているんです。持ちつ持たれつ、チームで調整しながら仕事をまわせる雰囲気が大事だと思っています。そんな「お互いさま」の空気をつくる中村さん自身は、家庭と仕事をどう両立しているのでしょうか。 家事は手放す。仕事と育児、自分らしい両立のかたち経営者でありながら、2児の母でもある中村さん。家庭での意外な一面を聞かせてくれました。中村さん:家事は夫に任せています。そのぶん私は、学校関係や習い事など、子どもと過ごす時間にエネルギーを残すようにしています。家事も仕事も両立させようと努力した時期があったものの、時間的にも気力的にも難しく、今のスタイルに落ち着いたといいます。旦那さんが家事を引き受けてくれていること、実家がサポートしてくれること、子どもたちが体調を崩す日が少なく体が丈夫だったこと。いくつもの条件が重なって、今の働き方が成り立っていると中村さんはいいます。中村さん:恵まれた環境で仕事をさせてもらっていることに、感謝しています。もちろん、いつも順調だったわけではありません。税理士事務所で働いていた頃は、育休中でも、確定申告シーズンなどの繁忙期には仕事を手伝わなければなりませんでした。そんなときは、ファミリーサポートセンターやベビーシッターの力を借りながら、なんとか時間をつくってきたといいます。中村さん:子どもがいるから、仕事も一生懸命できたと思うんです。限られた時間のなかで、どうやりくりするか。ミッションのような感覚があり、仕事もやりがいを感じています。仕事にも家庭にも全力で向き合ってきた中村さん。子どもの成長を見守るなかで、新たな挑戦の種を見つけていました。 会計・経理の仕事で障がい者就労支援に挑戦中村さんは現在、「いちえみ」とは別の法人を設立して、新事業の準備を進めています。2026年12月には、障がい者就労継続支援A型の事業所をオープンする予定です。きっかけは、発達障がいのあるお子さんが、幼い頃から療育支援を受けてきたことでした。中村さん:障がい者就労支援では、掃除や袋詰めなど、単純作業の仕事が多い印象がありました。娘の将来の選択肢を考えるうちに、会計のデスクワークで就労支援をやってみたいという気持ちがわいてきたんです。そして、2025年の年末に、県外でA型事業所を運営する税理士のセミナーを受けたことが、中村さんの背中を押しました。中村さん:私がやりたいと思っていたことを、県外の事業所がすでにはじめていました。同じようにできると思って、2026年は就労支援に取り組もうと決めたんです。年が明けると中村さんは「株式会社どうぜん」を設立し、福祉の経験がある職員を2名採用しました。「いちえみ」の事務所がある建物の隣に「どうぜん」の事務所も借り、12月のオープンに向けて走り出しています。利用者は、精神障がいや発達障がいのある方を想定しています。会計・経理の業務を教えながら、一般就労をめざしてもらう事業所です。中村さん:会計・経理は、多くの会社で必要とされる仕事です。仕事を覚えたら、うちを辞めて別のところに行っても、生活できるようになっているはず。手に職をつけて自立をめざす方をサポートする場所にしたいんです。新しい事業にもスピード感をもって取り組む中村さん。挑戦したいことはあるけれど、踏み出せずに悩んでいる女性たちへメッセージをいただきました。考えるよりも、走り出す。サポートは後からついてくる中村さん:何をするにしても、早いほうがいいと思います。考え込むと動けなくなっちゃうので、走り出して、動きながら考えたほうがいい。やると決めると、周りの人が助けてくれたり、アドバイスをくれたり、加速していくんです。障がい者就労支援に関しても、福祉業界のことは何もわからない状態で動き出し、約8か月で形になってきたといいます。中村さん:今は38歳ですが、たとえば40歳になったらはじめようと考えていても、そのときに体力があるかどうかはわかりません。元気でやる気があるうちに挑戦しようと思ったんです。また中村さんは、「いちえみ」の創業についても振り返ります。中村さん:税理士事務所で働いていたので、会社設立へのハードルはそれほど高くありませんでした。それでも、会社をつくることは「これでやっていくぞ」という大きな決意表明だったと感じています。考えるよりも、走り出す。中村さんのように、まずは踏み出してみることで、新しい景色が見えてくるのかもしれません。 「合同会社いちえみ」のホームページはこちら