今思えばありえない過去初めまして。私はコピーライター/クリエイティブディレクターを生業として、この夏で45年になります。これ、20歳の誕生日に学生半ばでプロダクションに勤め出したので、ただのパシリだった頃も含めての計算なんですが。キャリアと呼べるくらいになるまで3年ほどはかかってますしね。とはいえ長っ!歳もバレます(笑)だけどこの半世紀近い期間で、ずいぶんといろんなことが変わりました。そんな経験をもとにお話ししていきたいと思います。私が社会に出た当時は、本当に男ばっかりでした。女性は制服を着てお茶を出してくれる人。打ち合わせの席にいる女性は私だけ。しかもその会議が終わった後には私の名刺だけ置き去りにされてました…。今でもコノヤロ!と思い出します。会社のお茶碗洗ったり、みんなにお茶出したりも当然やりましたよ。男女雇用機会均等法が施行されたのは1986年。それ以前の労働環境って、まあ、こういうのが普通でした。結婚したら辞めていく「寿退社」、24までに売れないと価値が下がると言われた「クリスマスケーキ説」…今やご存じの方も少ないと思いますが、私より年上あるいは同世代でも、長く会社勤めしたキャリアウーマンはほんの一握りしかいませんでした。男女雇用機会均等法後は少しずつ女性採用が増えていきました。でもやっぱり、子どもができると辞めざるを得なかった。第一線にはいられない、いさせてくれませんでした。面接で「子どもはどうしますか?」と聞かれて、「産む気はありませーん」と答えた時のおじさん達のホッとした表情たるや…てか、今そんな質問したらアウトでしょう(笑)面接官に従ったわけではないが結局私は子どもを持たず、これまでずっと仕事して遊んで、享楽的な人生を送ってしまいました。あの頃会社を辞めざるを得なくてフリーランスになった仕事仲間と話すと、子どもはすっかり立派な社会人になっていて、会社でもそろそろ中堅の働き盛りです。母親に代わってリベンジしてるよね、と笑っていましたが、長いスパンでみるとなんとも皮肉なものです。こうしていろいろと悔しい思いをしているはずの駆け出し時代ですが、とにかく一人前になりたい、いいコピーが書けるようになりたいと、自分のことだけで必死でした。辛かったというよりおもしろかった、かも?社会もそうだが自分自身も若く未熟すぎた…だけどなんたってバブルでしたからね。明日はきっとよくなる、と信じきって浮かれていられた世の中でもありました。「思い込み」を捨てて、自分を信じよう時とともに働く女性が増え、会議は女性だらけになり、国の後押しもあって管理職登用もずいぶん増えました。産休育休制度も徐々に充実、男性育休も増えてきて、まさに隔世の感ありといったところ。私のなかで画期的な出来事はやっぱりコロナ禍を経て、「会社員が会社に行かなくてもよくなった」ことでしょうか。テレワークの環境が飛躍的に向上し、朝から満員電車でギチギチに詰められぐったりして出社することもなくなって、むしろ忙しいと会社に行けない!という、今までの仕事生活では信じられない怪現象?も発生。ワーケーションという言葉も流行りましたよね。私は13年前から東京と沖縄の2拠点生活をしているのですが、今やどこにいても仕事が成り立つこの環境は本当にありがたい限りです。もちろん職種や地域によって、環境や条件の差はあるでしょう。制度もまだまだ発展途上だし、価値観が多様になる速度からすると一人ひとりが心から満足して働くにはたくさん課題がありそうです。そして人生100年時代、これからは定年という概念もなくなりそう。私自身もいくつまでどうやって働くのかが目下の課題です。でも振り返ってみれば、「女だからやらせてくれない」「子どもがいるといい仕事を与えてくれない」「この年齢じゃもう遅い」「会社員だから身動きできない」…働き始めて以来そういうものだと思い込んでいたことは、時代や時間が塗り替えてくれたように思います。思い込みってそもそも、過去の事例に縛られているわけで、たった今も時代は動き、常識は変わり続けているんですよね。それって自分の道を狭める考え方でしかないし、言い訳みたいなものかもしれないし…。きっとこの先は、皆それぞれのスタイルで、働くことを謳歌できるはず。昔はあり得なかったことが今では当たり前になり、さらに想像もつかない未来がやってくるでしょう。世の中とコミットしたいという思いがある限り、いくつになってもどこにいても楽しく働いていけるような気がします。最後に興味深い記事を教えてもらったのでご紹介します。https://forbesjapan.com/articles/detail/94475いろいろと時代に翻弄されたけれど、私自身は「悪運強い」と勝手に思ってます(笑)そうそう、自分は運がいいと信じることも運を呼び寄せるらしいですよ。