みなさん、こんにちは。私は沖縄で働く39歳、3歳の双子の父です。今回、「男性から見た働く母親との育児」について書いてほしいと依頼を受けました。嬉しいお話だと思いましたが、しばらくは書いていいものか悩みました。「育児について語るのはおこがましい」と感じたからです。自分で言うのもなんですが、私は比較的育児に関わっている方だと思います。ワンオペも何とかこなせるし、子育てへの意欲もある。一方で、仕事で早朝から深夜まで家を空けることも多く、結局は妻に頼る部分が多いとも感じています。なので、「育児を語るのはおこがましい」となります。こんな風に感じている男性は増えていると思います。彼らは自分の育児について語ることは、ほとんどありません。「育児、がんばっています」と言った瞬間、「どれくらい?」「妻への負担は?」と自分自身に問いかける程度には、葛藤を抱えているからです。だとしたら、「そんな男性がいま何を感じているのか」「どのように育児に向き合っているのか」を書くことに多少の意義はあるのではないか―そう考えて、“自分の育児のことは一旦、棚に上げて”、最近の男性の育児事情の一例をここに書いてみたいと思います。よく似ていて、全然違うー3歳双子の育児改めて、子どもの紹介です。双子の女の子(マヤちゃんとミヤちゃん・仮名)は現在3歳10か月です。一卵性なので、見た目はまさに瓜二つです。ただ不思議なことに、性格は正反対です。マヤちゃんはあっけらかんとしています。保育園では、私を振り返ることなく園内へ駆けていきます。一方のミヤちゃんは慎重派。保育園に送り届けたとき、怖気づいてぐずることもしばしばです。それぞれに違う個性と可愛さがあり、双子ならではの育児の大変さと楽しさを感じながら、毎日を過ごしています。「子どもへの正しい接し方」の正解は? 「子どもとの接し方が分からない」というのは“パパの悩みあるある”だそうです。私もその一人です。「退屈していないかな?」「何をしたら喜ぶだろう?」「充実した時間を過ごせているだろうか?」そうした思いから「自分は正しく接しているのか?」と自問することになるのだと思います。私が子どもとの向き合い方について考えるとき、ある人のことを思い出します。“ノッポさん”です。NHK教育テレビ『できるかな』に出演していたことで有名な方です。ノッポさんは、子どものことを「小さい人」と呼んでいました。「小さい人」は賢いですよ。私は常に敬意を持っておチビさんと向き合いますから、すぐに友達になれるんです。もちろん丁寧な言葉も使います。「おそれいります」、「お名前はなんと仰るんですか?」なんて。これはもう私にとってごく当たり前なことなんです。(引用*1-NEWSポストセブンーノッポさんインタビュー)https://www.news-postseven.com/archives/20230510_1867821.html?DETAIL話を、わが家の育児に戻します。マヤちゃんとミヤちゃんは、このごろお喋りがとても上手になりました。マヤ「ねえ、お父さん。なんでね、きょうはね、さむいの?」ミヤ「それはね、サンタさんがくるからだよ」父 「(意味は分からないけど可愛い・・・)」マヤ「ミーヤ!おとうさんに話しているのは、わたしでしょ!」2人とも伝えたいことが次々とあふれてくるらしく、親との会話の“主導権”をめぐって、ケンカになることもしばしばです。そんなとき、私がじっくり話を聞く姿勢を見せると、2人は本当に嬉しそうな表情を見せます。目線の高さを合わせ、相槌をうちながら聞いていると、満面の笑みを浮かべてくれます。その笑顔を見るたびに、こちらも嬉しくなります。子どもは「危険から守られ、成長を見守られるべき存在」なのと同時に、ひとりの立派な人間でもあります。「正しい接し方」に悩むパパは、子どもを“小さい人”として尊重しているからこそ迷うんだと思います。子どもを一段低く見ている人は、そんな悩みとは無縁だからです。じっと目を見つめて、真剣に耳を傾けて、”小さい人“が嬉しそうな表情をしてくれたら―。満点とはいかなくても、その日は合格点でいいのではないかと私は思っています。やっぱり子育てはつらいよ・・・働く母親との育児にっこり笑ってくれたり、気持ちよさそうに眠っていたり。子育てには幸せな瞬間があります。ただ、それは日々の中にときどき訪れる “ごほうび”のようなもので、日常はつらいことのほうがずっと多い―それが子育ての実際のところだと思います。「お風呂に入ってくれない」「着替えを全力で拒否する」「寝かしつけたそばから起きる」「動画の“最後ね”が最後じゃない」数え上げたらキリがありません。出勤前のバタバタの時間帯や、仕事に追われているときは、その一つ一つが重くのしかかってきます。私の妻はフリーランスで働いていて、比較的時間の調整はしやすい方です。それでも、ささいなことで二人ともイライラしてしまい、育児と仕事の負担に押しつぶされそうになる日があります。働く妻との子育て分担 ― 育児リフレッシュ休暇なので、家庭での育児の分担がうまくいっているとは言い難いのですが、いくつか「やってみて良かったな」と思うこともあります。その一つが「妻の育児リフレッシュ休暇」です。妻は東京都生まれで、私と同学年。学生時代から付き合い、結婚を機に私の職場がある沖縄へ移住してもらいました。育児のストレスをどう発散するかは本当に大切だと思いますが、妻にとって一番のリフレッシュは「気の置けない地元の友人たちと会うこと」でした。出産後、育児と仕事のフル回転で妻が疲れ切ってしまった時期があり、2人で話し合った結果、地元に戻ってひと息ついてもらうことにしました。友人たちと過ごす時間は妻にとって大きな気分転換になったようで、それからは年に数回の帰省がわが家の習慣になっていきました。実際に続けてみると、妻のリフレッシュ以外にも、いろいろなメリットがあることに気づくようになりました。「あなたは頑張っているよ」と言えるために妻が家を空けると、育児をするのは私ひとりです。朝から晩まで子どもと向き合っていると、自分が担っていた育児は“ほんの一部”だったことに気づかされます。「予防接種の予約は?」「オムツのメーカーは?」「靴のサイズは?」子育てに必要なことを一から調べ、準備し、悩みながら積み重ねてきたのは誰なのか。“育児を手伝うための環境”ができあがっていたことを「妻がいない時間」が教えてくれました。育児のつらさは、子どもの成長とともに姿を変えていきます。「新生児の体力的なきつさ」「夜泣きのしんどさ」「ケガや事故への不安」「動画ばかり見せている罪悪感」ちなみに、私が最近子どもたちに腹が立ったのは、一生懸命作った料理を一口も食べずに「違うのがいい」と駄々をこねられたときでした。美味しく食べてもらう姿を思い浮かべながら作っていたので、つい怒りがこみ上げてしまい、冷たくあたってしまいました。子育てでは、その時々で“別の壁”が現れます。定期的にワンオペを経験すると、いやでもその壁と向き合うことになります。それを一つずつ越えていくことが子育てという営みなのだと、少しずつ実感しているところです。妻がなぜこれほど疲れ切っているのか。なぜ時に子どもにきつく当たってしまうのか。なぜ自分を責めるような言葉を口にするのか。妻が過ごした時間と同じ時間を過ごすことでしか、本当の意味で理解できないと思っています。妻はたまに「子育てに向いていない」と口にします。その言葉の裏にどれほどの負担と葛藤があるのかを想像したとき、「そんなことないよ」と軽々しく応えることが、私にはできません。「あなたは頑張っているよ」と実感のこもった言葉で伝えるために、つらいけれども喜びも多い育児に、これからも取り組んでいきたいなと思っています。